仲間を亡くして考えたこと

あっけないくらい突然、仕事仲間が天国へ逝ってしまった。くも膜下出血を発症して本当にあっけなく。呆然とした時期は過ぎ落ち着きを取り戻し、仕事は多少混乱はしてるけれど、そう遠くない時期に日常に戻ると思います。 これがいいことなのか? 組織の中で生きるということは、その組織のために犠牲にすることも多い。その犠牲を強いた人間がひとり抜けたら、その後を誰かが補うだけ。どこの世界でも起こることではあるけれど、考えることも多い。
 私の個展のこと、知人に宣伝してくれていたと人づてに聞いて、やるせない気持ちはさらに増大。
 少なからず同じ時間を共有できたことを幸せに思っているし、そう思ってもらえていたらいいなと思います。もう聞くことも出来ないけど・・。 今はご冥福を祈るばかり。

 私が仕事をする上で特に影響を受けた書籍「7つの習慣」では、自分が亡くなった時に、どんな人からどんな言葉をかけられたいですか? そのような人間になるために、具体的にどうすればいいですか? それを噛み砕いて原則として指南してくれる良書。何度も何度も読みこみ。ファシリテーターのラインセンスを取得して講師をするほど影響受けてます。
 明日死ぬとしたら、今何をしますか? 自分に問いかけてみたんです。
はっとしたんですが、自分が大切に思う人の写真を撮って残しておきたいという思いがふと出てきた。これまで人を撮りたいと思ったことはなかったのにね。僕の写真が誰かを幸せにする。それが本当にやりたいことなのかな。
自分が何を欲しているのか?なにが好きなのか?自分でも気がついていないことがあるんです。この想い大切にしようと改めて。

みまつ ひろゆき

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