成人式って誰のため

成人式には振袖着て晴れやかな姿で出向くことが一般的ですが、僕はそんな経験や価値観がないんです。小学校の卒業式に遡るんだけど、僕の小学校は、卒業式はいつも通りの普段着で行いましょうという習わしがあった。制服は無かったので、いつも普段着で、卒業式もそのまんま。参列者にもそれは徹底され母親はエプロンつけてた気がする。金銭的な負担を考えた学校側の配慮だったんだと思う。そんな考えが一般的だと思って育ったので、卒業式は、特別な日という感覚が薄いまま大人になってしまった。そんな考えは今でも嫌いではないです。
ただ晴れやかな門出という特別な感覚が芽生えたことがないんです。それは中学、高校になっても同じで、成人式もそう。そんな環境や考え方が、珍しいことだと知るのはだいぶ後。

僕は、成人式には、出席してません。その日は航海訓練の実習船の船上。夕飯時にみんなで祝ってもらって「いつか船長になります」みたいなことを言ってた気がします。それで充分だったし、それで満足だった。

成人になった若者のインタビューがニュースで流れてました。
暴走する若者は無視するとして、こんなこと言ってました。
・少子高齢化で支えてもらえない。
・二千万円持ってないので老後が心配
・コロナで中止にならずによかった
・友達にあえてよかった
・振袖着れて嬉しい

えっ? 成人式の日に老後を考えちゃうんだとか、ハロウィンやクリスマスレベルのイベントの感覚なのかなと・・・。成し遂げたい夢や希望を語る若者像を期待していると、ひっくり返ります。

節目として入学式、卒業式、そして成人式は、その日を区切りとして自分の心構えを整理する。そんな日にすれば良かったんだと随分と大人になった今は思います。

大人になる定義もこの春から変わるようですね、18歳成人とか。

自分の意思で、自分の気持ちやこれからを整理する。
そして決意する。
そんなことを周りは期待している。
それは18歳でも、20歳でも同じこと。


成人式は、こんな大人になりますって自分から宣言する決意の日。
そんな風潮になれば良いなと思う。

自分が決意したことを実行していると、必ず誰かの世話になります。
応援してくれる人が、とっても大切な存在になります。
応援してもらえるような人になりたいと思うようになります。
そして、その期待に応えたいと努力する。
本気ならば。

それに気づくと世界が変わるんだけどね。

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