記憶と回想の風景 斉藤真人 絵画展

京都 町屋ギャラリー 龍
斉藤さんの作品、何度か見させていただいてます。そのたびに毎回思う、執拗に「流れ」を描き続けてることに、ある種の尊敬の念が湧いてきてます。
描かれているのは(たぶん)街。そこに朝夕の時間、そして季節、それに雨や曇りの情景が読み取れます。斎藤さんは、その記憶のモチーフに色や絵筆のタッチが彩る偶然を楽しみながら描かれてる。そう読み取ってます。
見える風景は、ひとつとして同じものはない。風景は時間が違えば別の絵になる。それは見る人によっても違うもの。そこに記憶という、これも時間を経て変化する斉藤さんならではの視点が入り混じって、面白い。
毎回、趣向を凝らし試行錯誤した作品を、何点か展示されてます。今回は、町屋の中庭に配置した優雅な二枚の布がそう。
無機質だけれど意味のある色を重ねた布を重ねた細長い作品は、光の当たり方によって、見え方が変わります。
作品を見た日は、今にも雨が落ちそうな曇り空だったけれど、インパクトは充分にありました。
天井から振りそそぐ光の角度や量で見え方が変わる、パリのオランジュリー美術館のモネの睡蓮みたいな。そんな意欲的な作品にも思えました。
時間、流れ、風景、そして色彩。
なんだか、私の作品と共通することが多くて、いつも刺激をいただいてます。
次も楽しみです。




