香月康男展

宮城県美術館   香月康男(1911-1974)
終戦記念日です。ずっと雨が降ってます。九州では未曾有の災害に見舞われる程の豪雨。この仙台でも災害級とは言わないまでもずっと降ってます。宮城県美術館は、とても佇まいが好きな美術館なんですが、晴れてほしい。さて、美術館に寄ったらたまたまやってた・生誕110年「香月康男展」「生きることは、私には絵を描くことでしかない」 そうパンフレットにあります。先入観全くなく、見始めたんですが、展示の初めは、ゴッホみたいだとか、ピカソもかな?ルオーやら、セザンヌ、ロートレックの影響も見えたりする。構図が斬新で、頭や体半分が切れているけれど、不思議と不自然さを感じない。ラフな下絵の時点で、その構図が完成されていて計算通りの構図だということが解ります。
さて、この香月さんの絵から、突然、色がなくなります。キャプションを見てると、シベリアへの抑留された頃から、絵のタッチが変わります。戦争で徴兵されてから終戦後、日本へ帰るまでの間の精神的な心の叫びが、絵に出てきます。代表作の「シベリアシリーズ」らしいです。ショッキングでした。好きとか嫌いとか関係なく、衝撃でした。見る事が辛くなるような気がして、それまでじっくり見ていた絵画と同じ作者とは思えない絵画に先を急ぎたい衝動にかられました。見ている僕がそうなんだから、描いてる本人も辛かったんじゃないかなと。
そのシベリアシリーズの最後、点呼(左)点呼(右)と連作が続きます。シベリアから日本へ帰る際に、集められた集団の列を描いた二枚の絵を横長に連結で見せた作品。人の存在は解るけれど、集団の後ろの方は塗り潰されてます。なんだか切ないやるせない感じになりました。モネも人をこんな風に書くことはあるけれど、それとは真逆な切ない印象が残るのは、やはり色を失ってしまったからなんだろうと感じました。香月さんは、日本へ帰ってからも絵を描き続けたらしいです。鮮やかな色が出てきたのか? それともずっと、暗い感じだったのか? 少し興味を持ちました。山口県に美術館があるようなので、訪ねて見ようと思います。

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